外国人観光客によって、生活が成り立っている人たちが増えた。観光客だけではなく労働者も増え、今後もますます政府は増やそうとしている。統計予測によると2070年には十人に一人が外国人になるというが、今の東京を見ているとそんな先ではないだろうと逆に驚いてしまう。
当然だが日本国内での犯罪は、日本人であろうが外国人であろうが平等に扱われる。外国人だからといって窃盗が許されたり、罪が重くなったりするわけではない。またあってはならない。公平な法の下での判断で量刑が決められるはずだ。
朝のフジテレビのサンシャインを見ていて、どうしても解せない。何もフジテレビだけではなく全体のマスコミ論調として、山上被告が「政治的背景が無いことを考慮せざるを得ない」と言っている。
個人的な恨みつらみもなく、一国の総理を「宗教に影響を与えた政治的スタンス」が大きな理由として暗殺したのだから、これはもうテロ以外の何物でもない。それを政治的背景が無いだとか、子供の頃からの家庭環境など、必要以上に考慮してどうするのだろか。
私がエネルギー問題で最も心配していることの一つが、原発へのテロ行為だ。軍隊が原発を守っている国もあるが、日本の対テロ活動はどうも今ひとつに感じてしまう。
しかしそんな恐ろしい事態に直面してしまった時、外国人テロリストに対して「家庭環境が可哀想だったのね」だとか「テロ集団に入らねば生きていけなかったの」なんて戯言を日本人は言えるのだろうか。
もし今回の判決で緩い判例を作ってしまったならば、日本の裁判を甘くみたテロリストらが日本のリーダーを暗殺する実行部隊をより容易く編成していくだろう。家庭環境が悲惨だった者らを招集するはずだ。ご褒美が大きければ、希望者も多くなるに違いない。
お涙頂戴は世論形成だけで、裁判は真の意味での公平と正義を貫いてほしい。
差別と正義とテロ
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