世襲議員は悪か

 総理秘書官の退任で、ますます世襲議員が非難されている。まだ世襲候補にもなっていないのに。
 選挙至上主義の私は、もちろんこの部分は現状維持派だ。世襲議員に問題が無いわけではないが、それを否定してしまうと歪んだ選挙制度になってしまう。選挙は全ての人に公平であらねばならない。身分によって差を付けては普通選挙にならないからだ。
 憲法14条の法の下での平等には「人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的、経済的、又は社会的に差別されない」とある。ここの議論は避けて通れないだろう。
 そもそも世襲候補は他の候補者より楽と多くの人は言うが、そんな簡単なものじゃない。多くのケースを見てきたが、最終的には国政選挙をくぐり抜ける知力、体力が並ではやはり勝てない。
 世襲問題は実は国政以上に、地方議員にあると私は思う。とても他所に出せないような息子でも、きちんと県議になっていたりする。それでも議員の成り手不足よりは良いと考えるのか?
 そしてさらに問題なのは、世襲議員ではなく「世就職議員」だ。ボンクラでやる気もなく無職、そんな国会議員の息子が県議になったり、市長の息子が市議になったりする。通常の世襲候補と違って、親父の選挙区の方が広い、あるいは同選挙区でも当選票数が少なくて済むので、後援会の力を借りれば当選は難しくない。世就職議員は親の力を借りて、情実就職するようなものだ。兄弟や女房を議員にするケースもある。
 しかしそう思われていた世就職議員が、活動を始めたら意外と真面目で、数年も経てばやり手だったりする。
 それもこれもすべて有権者が決めれば良い話だ。やはり私は選挙至上主義だ。

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